昨日朝、いつも通りAmazonアレクサに「おはよう」と声をかけると、「今日は日本のテレビ放送70周年の記念日で..」と始まりました。アレクサは時には歌ってくれたり、日替わりでバラエティな挨拶をしてくれます。アレクサはさておき、テレビ放映が開始されたのは70年前の2月1日でした。なるほどテレビはまだ70年の歴史なのかと思う一方、自分の人生の経過とほぼ同じ長い道のりだったことの重みをつくづく感じます。まあテレビが普及して久しく、時代とともに様変わりしてきました。今でこそテレビは身近で毎日の生活に欠かせませんが、幼少の頃はテレビを見によその家に通ってた記憶があります。小学時代、テレビがカラーで大きな額縁の絵のように描かれた空想漫画を見てまさか現実の世界になるとはとても思えませんでした。今や機材のハードが進化し、番組ソフトの多様化に歯止めがかかりません。
テレビはますます大きく薄くなり、画質も4Kが標準となりました。世界隅々の情報がリアルタイムで見られ、公共放送以外に個人でテレビ電話もできます。インターネットの普及で自分の好きな映画やドラマ、YouTube配信などを番組放映よりも優先して見る人々が増え、営業収益も放送業界からネット業界へと主力がシフトしてきました。一体この先どうなるか、予測もつきません。
自分の興味で恐縮ですが、機材の進化は近い将来VRが普及し人気を呼ぶのではないかと思います。ゴーグルのようなヘッドホン内蔵のメガネを掛けると目の前全体がその世界にワープしてそこに居合わせたような臨場感に浸ることが現実化しています。旅番組やコンサート、ニュースなどはVR形式の放送をしてもイメージが湧きますが、映画やドラマなどはカメラアングルが微妙でVR化は難しいでしょうね。
この先、70年後のテレビはどうなることでしょう。






今般の芥川賞受賞作である題記の小説を雑誌を介して読んだ。前回読んだ作品に次いで2つ目の受賞作だ。芥川賞候補としては長編の部類で、内容に富んだ力作だ。芥川賞作品と言えば本来、純文学が代名詞で深い内容よりも抒情的で香り高い文章ながらさらりとした印象を持っていたが、本作はそれらに逆行したイメージを受けた。むしろ泥臭く大衆文学ぽくもある。本作のキャッチコピーに「震災から十年過ぎねば書けなかった入魂の一撃!」とあり、震災で何もかも失った荒ぶる大地から懸命に生き抜く家族の復興と再生の物語を連想したが、実際は真逆の内容だった。終始一貫息苦しい展開で、暗くジメジメとした描写が何度もフラッシュバックして辟易とした。まあ、ありがちな希望やら明日とやらとは無縁で、厳しい現実をあからさまに描きたかったのかも知れない。













